空色のパノラマ

空色のパノラマ

なにげない毎日の中にひっそり佇むささやかで見落とされがちな奇跡を、手紙のように綴った写真の記録。

旅立ちを見送る。

撮影:2022年2月~3月。近所、会社、諏訪湖。

7月11日に大切な知人が54歳の若さで旅立ちました。
前職のときのお客様で、奥様と二人で東京から長野県の某所に移住を考えていて、
その相談から新築まで、自分が対応したことが知り合ったきっかけで、その後も
仲良くさせていただいて、用もないのによく遊びに行っていました。

その前の会社をクビ同然に辞めたときも、わざわざ僕の自宅まで(結構距離がある)
来てくれて、たくさん話しをして、励ましてもらいました。
それからしばらく。僕の仕事が変わり、自分用の車がなくなって遠出がしづらくなり、
休日が妻が仕事が忙しくなって代わりに家にいるようになり、いよいよ自分が出かけ
なくなって、いつしか疎遠になっていました。
そんなとき、偶然noteで、ご本人が、今からだと1年前、大腸癌であることが
分かり、しかもステージ4だという内容での生活を綴っていることを目にしました。

気が動転し、どうしていいか分からないけど、とりあえず連絡と久しぶりに電話を
したのが今年の1月。そのときは電話の声は元気そうで、いいよ~会いにおいでよ~
と言っていただいたのですが、いざ会いに行く段になって、ちょっと体の節々が
痛むのでもう少し温かくなってから、と延期になっていました

癌で、会うの延期しよう、また連絡するね、と言われて、正直日々やきもきして
いたものの、なんだかこちらから連絡するのが憚られて、日々のnoteの書き込みを
みつつ、会いたい、けど、ステージ4だから会える時に会いたい、っていう気持ちは
どうなのか、と一人悶々とする日々。

そして、ある日、ご本人ではなく奥様がそのnoteを綴っているのを目にしました。
最後まで意識がしっかりしていて、最後まで気を使っていて、最後まで優しくて、
大丈夫大丈夫、という言葉と共に静かに息を引き取られたことが書かれていました。

正直、そこに意外性はなく、いつかはこうなると分かっていて、ご本人の書き込みも
書かれている状況は日に日に悪化していて、それでもご本人の性格で、癌と闘う、と
いうことでもなく、嘆くのでもなく、かといって悟るのでもなく、ありのまま、
日々の様子を綴られていて、ふっとそれが穏やかに終わったなぁ、という感想でした。

亡くなった、という実感が持てぬまま、悲しい、つらい、という感情も起こらない
まま、それでも会いたいな、と思い、奥様に電話をしてご自宅を訪ねてきました。
奥様がnoteに書かれたのが一週間後のことで、すでに葬儀は家族だけで済んでいて、
ご自宅にはお骨と花と、そしてにこにこと穏やかな笑顔の写真がありました。

そこで半日も居座って奥様と話しをして、言っても癌が分かってから1年、ずっと
毎日一緒に過ごしてきたので、ああしておけばよかった、こう言っておけばよかった、
という後悔はなく、悲しみも通過して、最後は穏やかに見送れた。ただちょっと
さみしいね、と。
そしてこれからどうしよう、どうやって食べていこう、と。
ご主人がライター、編集をされていて、奥様が代表となって二人で会社を興して
いて、それをどうしようかな、旦那が出版した本どうしよう、「夫が著作権を
残したまま亡くなってしまいました。どうすればいいですか?」っていう
質問がネット見ても見つからないんだよ、なんて冗談交じりに語っていました。

こんな状況でこんな感想はおかしいんですが、とても楽しい時間を過ごしました。
そしてやっぱり今でも悲しいという気持ちがわかず、まだ実感もわかないんですが、
それでも、ああ、最後にもう一度話したかったな、と。
奥様からは、会いたいと思ったら、相手の迷惑なんて考えず押しかけなきゃだめだ、
ってことを私も学んだよ、と。

その後悔はありつつ、でもきっと、いろんな方に愛されていたご主人、そして世界まで
交友関係が広がっていたから、きっと今頃とても忙しく残されていた人への挨拶に
回っているんだろうなぁと。なんだかしみじみ、うまく言えませんが、とても穏やか
な、今回たまたま順番が回ってきた、穏やかな写真のような気持ちで見送っています。

今までありがとうございました。たくさん話しをして、楽しい思い出でいっぱいです。
笑顔と穏やかな喋り声をたくさん思い出します。