空色のパノラマ

空色のパノラマ

日々感じたことを写真(x20)と言葉で。https://www.facebook.com/profile.php?id=100002288124859

犬生活、はじめました。

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犬と暮らしはじめて二週間になります。
以前から娘が犬を飼いたいと言っていて、
(真面目で責任感が強い息子は)犬を飼うことはきっと大変だと難色を示して
いたのですが、犬を飼うことで娘には
責任感が芽生えるだろうし、
優しすぎるきらいがある
息子には飼い主としての強さが身につくだろうし、
そもそも動物は家族全員好きなので、娘が小学校に上がったら飼おう、という
約束をしていました。


そしていよいよ来年小学校に入学という段になって、
娘もだいぶ生き物を飼うということが分かってきたようだし
そろそろいいかな、ということで決断しました。

せっかくの機会なので、保健所で保護された犬などを譲り受けようと、
少し離れた松本という市にある
ボランティアの保護センターを訪ねてお見合いをし、
センターの
方ともたくさん話をして、では、ということで一頭を譲り受けました。

名前は「はな」。9歳の雌です。不幸な状況があって過去に二度、捨てられている
というか手放されている犬で、だいぶ心が
傷ついていて人になつかない、と
後から聞かされたのですが、
お見合いしたときにはすごくなついてきたので、
そんなこととは
夢にも思わず家族で即決。
話しを聞いてびっくりしたものの、きっとはなちゃんが僕ら家族を気に入って
くれたんだよと思い、我が家に迎えました。


初日は家族もはなちゃんも緊張しているところもありましたが、
すぐなじんでくれて、何日かするとリラックス。だらだらグータラな面や
餌に文句を言う様子なども見られて逆に安心。
家族も、犬がいることで今までより早起きしたり
生活リズムも変わったり、
犬の他に亀や鳥、金魚などたくさん生き物を飼っているので
飼い主としてやることもいっぱいですが
(それにしても鳥は保護鳥、亀は家の前の道路を横切っていたのをやっぱり保護、
 と不思議な縁で集まってきた動物が多いです!)
でも
犬のいる楽しい毎日を過ごしています(^^)

人の話は話半分で聞く

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またしても写真に全く関係がない話です。
しかもいきなり失礼なタイトルで始まりましたが・・・

いろんな場面で、いろんな人から、指摘(というほど大げさでないものからそのもの
ずばりまで)されることが多々あります。
例えば仕事での真面目な指摘であったり、他愛もない会話の流れで出た一言で
あったり。
あるいは、言葉では言われてないけど何となく思い知らされたり・・・
そういったものをひっくるめて、僕はそれをすごく真に受ける傾向があります。
真に受ける、というよりは、うーん、なんだろう、心を揺さぶられてしまう、
そういうところが自分にはあります。

例えば、お前は真面目だよな、固いよな、遊び心に欠けるんだよな、というような
ことを学生の頃から社会人になってからもつい最近まで、よく言われます。
まぁそれは自分でも分かっていて、真面目で、堅苦しくて、きちんとしたいという
思いが強く、一方で自由闊達に遊んでみたり、面白いアイデアを次々生み出す、
みたいなことが全くないわけでもないけど、まぁそんなにそっち方面は活発では
ないなということは自分でも自覚があって、今はそんな自分を悪くないじゃん、
って思えてますが、一昔前はそれがすごく気になっていて、言われるたびに落ち
込んでいました。
特に親しくなった人から言われたりすると。

例えばスポーツが苦手なのにやらなきゃいけない、という経験がある人は分かると
思いますが(今回やたらと、例えば~という書き出しが多いな(苦笑))
もっとリラックスして~肩の力抜いて~と言われれば言われるほど、意識する分だけ
余計に肩に不自然な力が入ってしまう、いったいどういう状態が肩の力を抜いた状態
なのか、どうすれば肩の力は抜けるのか分からない、ってことありますよね。
はい、僕はスポーツ苦手なのでこれがよくあったんですが(笑)
それと一緒で、もっと遊び心を、と言われても、何?遊び心って羽目を外すこと?
でもそれって何?いい加減にしろってこと?楽しいと思ったことをすればいいの?
でもどんなことも一生懸命やったら楽しいよ?もっと突拍子もないアイデア
出せってこと?そんなの無理だよ~
・・・この辺が真面目なんですね(笑)
まぁそんなこんなで意識すればするほど分からなくなり、仕事で言われたときは
非常に苦しみ、遊び心を勘違いしてただの変な行動になってしまっていよいよ
落ち込むという悪循環、そして遊び心のない自分という存在にダメ出しされてる
ような悲しい気分になったものです。

今になって思えば、言われたことが正しいとして、それはそれできちんと受け取る
けど、だからといって何か元々の自分を否定してがらっと変える必要はないし、
自分で何かできそうだな、とかチャレンジしてみようかな、と思えればすればいいし、
無理して分からないことをやる必要はないし、そこだけにとらわれて自分の良さを
自分が見えなくなってしまってはいけないと思います。

大体そもそも、相手だってどのくらいの思いを込めて発言してるかも分からないし、
少なくとも、(相手が)僕という存在を否定しようとして言っている訳ではないで
しょうしね。
 
だから、話半分に聞くってスタンスは、正確には、相手の言葉にまず言葉以上の力を
持たせない、その指摘事項のみについて、自分で頑張ろうかな、と思えることは
頑張るけどそれ以上はしない、そして指摘事項から広げて自分自身や存在や魂には
触れさせない、とまぁそんなことを思っているわけです。
あんまりきつかったから何なら目をそらしたって、耳を貸すのをためらったって、
それについて考えるのを一時保留したっていいと思います。
心に余裕がないときは特に。

人に何を言われたか、どんな反応があったかではなく、自分が何をしたいか、で
自分の価値を決めていく、って前に書いた話に近い部分もありますが、相手から
受け取るところであっても、同じように自分の心と価値は自分が大切にしながら
聞いていこうね、って話でした。

好きを続ける自分に感動しちゃっていいと思います。

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ボヘミアンラプソディをレンタルして見ました。
公開されたときにヒットして話題になったのでご覧になった方も多いかと思います。
自分も映画館で見てとても感動し、今回久しぶりに見たんですが、やっぱり感動して、
しかし、ちょっと違う感想も抱いたのでそんなことをまたいつものようにつらつら
書こうかと思います。

この映画はクイーンというロックバンドとボーカルのフレディマーキュリーについて
史実を基にした映画です。
僕はクイーンの大ファンという訳でもなく、せいぜいベスト盤を一枚持ってるくらい
なのでどこまでが史実でどこまでがフィクションかは全然分かりませんが、物語と
してとても 引き込まれました。

もう映画公開からだいぶ経ちますし、筋立て自体は実際に即しているので
思いっきりネタバレ書いちゃいますが、売れないバンドだったスマイルにフレディが
加入、ベーシストも加わって4人のメンバーでクイーンを始めます。
金はないものの才能と音楽への情熱に溢れていて、メンバーそれぞれが意見を
ぶつけ合いながら音楽への実験をし、新しいロックを作っていきます。そして
バンドもビッグになり、スターになっていきます。
その過程でフレディが自分が両性愛者ということに気づいてしまい、恋人と破局
そこからは精神的にどんどん追い詰められ、売れるほどに苦しみも増していきます。
メンバー間もギクシャクしますが、そのたびに、音楽への情熱が、そしていい曲への
イデアがメンバーの絆を繫ぎとめ、バンドは前進し続けます。
しかし、あるとき、ついにフレディがクイーンの活動を休止すると宣言し、ソロ活動を
始めます。
しかしながら、自分にとって本当に必要なのは何を言ってもイエスとしか言わない
とりまきではなく、いちいち文句を言い意見をぶつけ合うメンバーだったと気づき、
謝り、クイーンの活動の復活、そしてもう過去のバンドになりつつある中で、
他に売れっ子がたくさん出るライブエイドへの参加を決めます。

クライマックス、フレディは自身がエイズであること、そして余命が長くないことを
メンバーに打ち明けますが、だからといって自分は悲劇のヒーローにはなりなくない。
自分たちはエンターテナーでありロックバンドなんだ、だから最高のライブをやる、と
宣言し、7万人の観衆が熱狂する最高のパフォーマンスを披露して映画の幕を閉じます。

エンドロールではその後フレディが45歳の若さでこの世を去ることが流れ、
嫌が応にも死と、その前の最高のパフォーマンスをつなぎ合わせて意識することに
なります。だからこそドラマチックな訳ですが・・・

今回少し違ったことを考えました。
もちろんフレディが若くして亡くなるのは事実なんですが、ライブエイドは85年。
その後もクイーンは活動を続けていますし、ライブエイドの最高のパフォーマンスも
演奏された曲自体はまだエイズでもなく自身の死を意識する前の曲であったりしますし、
死に立ち向かう前は、普通に、売れたい、いい曲をつくりたい、何者でもない自分達が
何者かになりたい、自分たちの表現がしたい、自分たちは音楽が好きである・・・
もちろん偉大な才能のもとではありますが、しかし彼らにとっては普通な欲求、日々の
努力、好きなことをし続ける、そんな積み重ねであった訳です。
だからこそ、フレディ本人が言うように、死を前にしても特別にならず、今まで通り
やるんだ、そして今まで通り(最高に)やっている姿に感動する訳で、なんというか、
好きを続けているその姿に心を打たれたんだな、と気づかされたのです。

さて、ここから大幅に飛躍します。うぬぼれますね。

僕自身を振り返ります。今も目の前には自分の相棒である富士フィルムのX20があります。
今となっては時代遅れ、性能も大したことなく、かといって古いビンテージという
訳でもなく、伝説の名機でもありません。
そのX20のパララックスもはなはだしい光学ファインダーを覗き続け、なんでもない
日々の美しさに目を向け日常を写真に切り取り続けた・・・なんてことがもし
ドキュメンタリーになって、もしそれを僕がそれを見たら、結構感動すると思うんです。

いやいやわかります。目を覚ませと。何を言ってるんだと。恥ずかしいにもほどが
あるぞと。ナルシストかと。
しかしですね。
もちろん、大勢の人の心動かすこともないですし、他の人を感動させることもなく、
どうっつーこともない写真で、まぁ周りに影響を与えることもなく静かなもんです。
でも、僕自身は感動すると思うんですよね。
文字にしてみるとなんかいいじゃん、なんかかっこいいじゃん、悪くないじゃん、
なんて思う訳です。

だからね。いいんです、他の人がどう思うかはね、こう、現実から目を背けてですね(笑)
まぁ僕はナルシストですが、そうじゃないそこのあなたも、自分自身に感動しちゃえば
いいと思うんです。かっこいいと思っちゃえばいいと思うんです。

想像してみてください。
自分がずっと続けている好きなこと。自分らしいこと。自分しか知らない、気づかない
すごく小さなこと。
それがドキュメンタリーで取り上げられて大スクリーンに映し出されたら・・・
ほら、感動するでしょ!!

たまには、いや、いつだって、自分自身に感動していいと思うんです。
真面目で、控えめで、地味で、不器用で、どちらかと言えば人に比べて
劣っていると思ってしがいがちで。
そして毎日を、人を愛おしく思い、一生懸命生きているあなたや私なんですから。