空色のパノラマ

空色のパノラマ

日々感じたことを写真(x20)と言葉で。https://www.facebook.com/profile.php?id=100002288124859

周りの反応は気にせず、人に勝手な期待をせず、自分のやりたいことをやる。

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(台風がくる前に下書きだけはしてあったんですが、台風を目の当たりにして
 呆然として続きが書けなかった分です。こんなときこそ日常を、と決意し、
 非常に日常的な文章でしたがこちらも書き上げました)

なんとなく、最近、なんだかこう、ちょっと、乗り切れてない、いまいち、
パッとしない、毎日が停滞しているような感じでした。
そのうち、些細なことでイラッとしたり、他の人の行動に冷ややかな目になってたり
一言でいうと自分自身がやな感じ、に気づかないうちになっていました。
そんなとき、ふとした拍子に気づきます。
いつの間にか、周りの人に、行動に、反応に期待をして、その期待通りにならない
ことにがっかりし、苛立ち、思うようにならないと感じていたり、
あるいは、人の行動に羨ましさを感じながらそれをストレートに出せず冷ややかな目に
なっていたことを。

大切なことは、周りがどんな行動をするか、どんな反応をするか、ではなく、
自分自身がどんな行動をするか、どんな行動をしているか。
他の人は他の人が主人公の他の人の人生を生きている。
自分の思うようにならなくて当たり前。
自分が王様で周りの人が家来、なんて世界でもない限りそれが当たり前。

普段はわかっていて、そのようにしているのが、何か調子が下がってきたりして
いつの間にか周りを自分の思い通りにしようとしたり、思い通りにならないことに
イライラしてしまいます。
反省。

自分のやりたいことを自分の責任でやる。人に言われたからでもなく、
ただ自分がやりたいからやる。
ブログだったら、反応ありそう、とかではなく、自分が書きたいことを書く。
そして、周りを仲間と感じる、感謝する、貢献する、その行為自体に喜びを感じる。
それに対して周りの反応はどうでもいい。
そんな風に思って行動できてるときが一番幸せです。
(それがわかってるのに・・・魔がさすんですかねぇ)

こんな風に時々ふらふらしてしまいますが、まぁ自分で気づいて軌道修正できた、
ということでよしとしたいと思います。

日々を重ねる

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こんなときだからこそ。
新しい毎日を繰り返す。
自分の目の前のやるべきことをやる。
楽しむことを楽しみ、ささやかなことを大切にし、
感謝の気持ちで過ごす。
 
長野県住まいなので今回の台風被害は遠くの出来事では
ありませんでした。
かといって、私の地域は被害はなく、しかし知っている場所、
よく行った場所が被害にあい、知り合いも被害を受けたこの状況。
自分の境遇に安堵していいのか、嘆くのか、心のキャパを超えて
感情が停止していたように感じます。
 
しかしながら、自分もお盆の大雨で川が氾濫し家が浸水したときの
ことを思い出すと、自分たちのために他の大丈夫だった人達まで
暗い顔をしてたらなんだか余計に落ち込む気持ちになりました。
こっちはこっちでやるべきことをやってるから、
大丈夫だから、こっちも笑ったりくだらないこと話したり、
元気でやってるから、だからそんな暗い顔しないで、
と思ったことを思い出します。
 
もちろん、亡くなった方もいらっしゃいますし、被害状況が
もっとひどいところはありますし、いろんな考えがあると思います。
何が正解かなんて誰もわからないです。
 
なので。

できることがあればする。そうでないときは自分の暮らしを
大事にし、今まで通りを積み重ねていきたいと思います。

庭にやってきたハナミズキ

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6年前に家を建て、4年前に息子と娘と一緒に庭づくりを始め、3年前に人から
いただいて庭に植えたハナミズキ
最初の年は日照りと高温、次の年と今年は台風、と厳しい夏でしたがどうにか乗り切り
しっかり根付いてきたようです。
裏庭にはドングリを、前庭にはハナミズキヤマボウシを植えましたが、
ドングリは毎年ぐんぐん大きくなっていくのに対してハナミズキヤマボウシ
じっくりじっくり、ぱっと見にはちっとも大きくなってないようで、でも気づいたら
前よりも枝振りが大きく、葉っぱが茂り、背も高くなっていました。
(ドングリの一本はぐんぐん大きくなっていくなぁと思っていたら今年の台風で
 途中から折れてしまいました。とても悲しかったですが、そこからまた新しい
 芽が復活しました)

家を建てたのは実家の庭。以前は畑と何本もの木、特に大きな栗の木があった場所を
つぶして建てました。
間接的にですが、家を建てるために(接道の確保のために)田んぼも手放し、今では
住宅地になっています。

そのときは家は建てたくて勢いで突き進みましたが、実際に土地の造成をしたときに
わかってはいたけど様子を目の当たりにし、そして建てた後、
ずっとずっと、森と畑と田んぼを潰したことに罪悪感を抱いていました。

あるとき、ただ後悔するくらいなら行動しよう、と思いました。
誰のためでもなく、自分の心のために、小さくてもいいから森をつくろう、そのために
まずは庭をつくろう、と駐車場にしていた場所を(離れた場所に有料の駐車場を
借りて車をどかして)整備しました。
砂利をどけて芝生を植えて木を植えて・・・4年たって少しは見られる場所になって
きました。
何よりうれしかったのが、庭づくりにまだ小さい子供達が興味を示してくれて、砂利を
どけるところからずっと、一緒に庭づくりをしてくれていることです。
(今でも水やりも芝刈りも草取りも一緒にやってくれます)
そして庭をとても気に入ってくれてそこで遊び、ここを森にするぞ、と盛り上がって
くれることです。
その様子を見るたびに、いろいろとあるけど、あったけど、犠牲にしたものも
決して小さくないけど、よかったなぁと救われる気持ちになります。