空色のパノラマ

空色のパノラマ

日々感じたことを写真(x20)と言葉で。https://www.facebook.com/profile.php?id=100002288124859

子育てとは・・・

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なんて見栄を切りましたが、まぁはっきりいって全くわかりません。
ただ、いつもながらの親バカで大変恐縮ですが、自分の子供達を見ていると
とても優しく、ほがらかに、明るく、楽しい人間に育っていっているわけです。
もちろんそんな風に育てたわけではありません。
気づくと日々素晴らしい成長をしているような塩梅で、ありがたい限りです。

子供達のワクワクをつぶさないように。
子供達の一生懸命を否定しないように。
子供達の優しさに感謝を惜しまないように。

強いて言えばこれだけは守ろうと思っています。
つい面倒臭がったりして自分の思い通りにコントロールしようとしたり、
子供からの提案や意見や行動をそれが不合理という理由で否定しそうになりますが、
それだけはしないように・・・まぁなるべくしないように。できてないときも
大いにあります(汗)

あとはもう誠実に、見栄を張らない、ごまかさないということでしょうか。
できないことはできない。わからないことはわからない。
親もよく間違う。お互いを対等に接する・・・

まぁそんないつもいつも立派なもんでもなく、ダメ親なときがいっぱいです。
それでも、反省したときはきちんとそれを伝え、謝り、あとはもう親自ら
楽しむ、子供のために自分を犠牲にしようとはしない、一緒に楽しく遊んでいる、
そんな感じです。
それで素晴らしく成長してくれているのでまぁ本当にありがたくラッキーなので
ありました。

夏休み子供研究

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僕の住んでいる下諏訪という小さな街の商店街で、夏休み子供研究所(名前うろ覚え)
というイベントがあって参加してきました。
子供の自由研究になるような体験を商店街のいろいろなお店が
それぞれで体験イベントしてくれるというものです。

今回参加したのは鳥の巣箱づくり。
木工作家の方が手取り足取り、でも極力自力で作るように
辛抱強く教えてくれました。

小2の息子はのこぎりも金槌も使えるので大丈夫だろうと
思っていました、年長の娘も初めてのこぎりを使って基本的に一人で
完成させたのはびっくり!
またもや親の僕はうるうるです(笑)

親だけではここまで辛抱強く見守れないかも。
(つい手を出しちゃうかも)
やっぱり親以外の専門的な大人に教えてもらうっていいなぁと思いました。
よい経験になりました。

子供達のはじめての発表会で子供達を尊敬したこと

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先日子供達のエレクトーン教室の発表会がありました。
小2の息子と年長の娘。
エレクトーンをはじめて1年足らず。
こんな舞台での発表ははじめて。
それだけでも心配でドキドキするものですが、加えて
発表の一週間前に二人とも手足口病にかかってしまいました。

高熱が出て、食べ物も飲み物も口や喉が痛すぎて満足に摂れない。
発表会どころではなくぐったりとすごしていました。
しかし、熱が下がって少し食べられて起きられるようになったら、
二人とも毎日の日課だったエレクトーンの練習を黙々と再開していました。

そして迎えた当日。
まだ硬いものは食べられなく体力も完全には戻ってない中で
それはそれはとても美しく、そして楽しい演奏をしていました。
(この辺は親の贔屓目ですね!)

終わったあと、本人達も楽しかった!!と。
直前での病気。楽しみにしていた地域の夜祭りも参加できず、練習もできず、
すごく苦しんでいたけど。
愚痴も言わず、
いたずらに不安にもならず、文句も言わず、嘆きもせず、
そのときできることを淡々と精一杯、そしていつも通りやる。
そして迎えた本番でも言い訳せず、その時を迎えてとても楽しくやる。
なんて素晴らしい子供達なんだろう、という親の気持ちと、
それ以上に、なんて素晴らしい人達なんだろうと、
人として、尊敬の気持ちでいっぱいでした。

将来の夢とか展望って全くないんだけどまぁいいか、と思う。

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まぁタイトルそのまんまですね。
やりたいこととかなりたい自分とか、そういうのがないんですよね。
これは以前に転職のときに散々自分に向き合って考えたときも結局そういう結論に
達したんですが。
なんとなく、町の役に立ちたい、地域の役に立ちたい、山の役に立ちたい、という
思いはあるんですが、全然そのための具体的なものは見えてなくて。

まぁでもきっと、今目の前のこと、仕事、現れる機会に対して今このときに誠実に、
一生懸命、楽しくやることが大切だなって思ってます。
そうしていたら、きっといつかどこかで何かのご縁が現れるんじゃないかな、と。
他力本願とも言えますが(・_・)

基本的にはいつもレールの上を歩こうとしているんですが、レールの方が勝手に
曲がりくねっていてどこに連れていかれるかわからない、そんな人生を歩んでいる
気がします(笑)

自分の汗臭さに誇りを持って写真を撮り続け、ブログを書き続ける。

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写真を撮るという行為は純粋な衝動からくるものだけど、
それをUPしてブログを書いているのは、人とコミュニケーションをとりたいから。
人に伝えたいこと、聞いてもらいたいことがあるから。
そして、反応が欲しいから。
そんな気持ちがあるのは間違いない。

そうしたときに付随してむくむくと頭をもたげる、かつてはそう思っていたのが、
自分だけの特別なもの、人とは違う感性、オリジナリティ、独創性、そんなものが
あったらいいな、ということ。

それさえあれば。きっと人は見てくれるだろうし、関心を示してくれる。
感心してくれるだろうし、きっと次も見てくれる。
そして、いざ見てくれる人が現れたときに、
え、こんな(程度の)自分の写真、ブログを見てくれるんですか?
何かの間違いじゃないですか?がっかりしてないですか?
という風にうろたえずに自信を持てるだろうっていう思いを持てる。

もちろん、今の自分に個性がない訳じゃない。個性はある。
そもそも個性は誰にだってある。
でもその個性は、かつて欲しかった特別なもの、と比べたときに人より目立つ
ものでなかったり、きらっと輝くものでなかったり・・・
ええい、はっきり書いてしまおう、かつて欲しかったのは人からの賞賛と羨望で、
人の魂を揺さぶるものが欲しいと思っていた。
今自分に備わっている個性はそういった類のものではない。
もっとこう・・・ぬぐってもただよってくる汗の匂いのような、どうしようもなく
自分に身についていて、人に自慢できるようなものではない。

このはてなブログでもいろいろな人のブログを見ている。
はっとするような写真、背景を知らなくてもその一枚だけで感動するような写真、
楽しい気持ちになる写真、物語を感じるような写真。
暖かい気持ちにさせてくれる文章、自分の人生に勇気を与えてくれるような文章。
一言でいえば読み手に影響を与えるものたち。
それらこそ、僕がかつては自分にも欲しいと思っていたもの。
でも、そんな風に人に影響を与え、人の魂を揺さぶるようなものを作り出せる
その人らしさは、まっとうにコツコツと時間をかけて経験を重ねて、たくさんの
失敗も繰り返し、それでも前を向いて己を磨き続けた先にあるものであるはず。
目先ではなく、日々の積み重ねの先に遠くにあるもののはず。
そんな積み重ねがあるからこそ、今の輝かしさがあるはず。
憧れの人たちを見る時、今の輝きの向こう側にそんな日々があることを忘れては
いけない。

そして、今の自分に備わっているものがどんよりした汗臭さだからといって、
それを否定し、憧れの人の今のきらめきだけを見てそれを真似ていくのは
薄っぺらいモノマネにしかならないし、過剰に人の目を意識したものにしかならないし、
きっとそれは見透かされるてしまう。
少なくとも僕自身はそんな自分を見透かしてしまう。

なので、そんな風には考えない。
自分には思いつかないセンス、構図や色、明るさや・・・いろいろな要素だったり
もっと総合的なものだったり、圧倒的な説得力や物語、何か、を強烈に持っている
人たちの写真には強く憧れる、学び、ときに真似をするけども、それはそれとして、
自分自身は自分のままで、素直に、自分らしく、汗臭さにひるまず、誇りをもって
写真を撮り続けていこうと思う。

今、自分のブログを見てくれる人がいる。それはとてもうれしく、とてもありがたい。
そこに自己を卑下せず、ただひたすらに感謝を込めて。