空色のパノラマ

空色のパノラマ

日々感じたことを写真(x20)と言葉で。https://www.facebook.com/profile.php?id=100002288124859

雪の諏訪湖とずっと走り続ける息子と自分を振り返る

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いつの写真だよ、って話しですが、4/1〜4/4です。
マイペースに時系列順に上げていて気づいたらまたもや二ヶ月遅れ。
まぁこんな感じでマイペースです。

そういえば4月に雪が降ったなぁ、その頃も息子は走ってたなぁ、
なんだかんだでタイムを4分も縮めたなぁ。

着ているものが変わり、走っている時間の明るさがかわり、空気が変わり。
同じ時間に起きて、同じコースを走り、でもこの頃と違って汗をたくさん
かくようになって。
そしてタイムが速くなってきて。

同じことを繰り返していても、楽しいと感じるときもあれば苦しいと感じるときも
あって。気持ちが希望に向かっているときもあれば絶望を向いているときもある。
悟って安定している人に憧れるけど、実際には迷って、いいと悪いをいったりきたり。
それでも、続けていくことである時ふと振り返ると何かがある、何かを形作っている、
そんな風に感じることができます。
だから、かっこいいときの自分も、かっこ悪い時の自分も、うまくいったときも、
ダメだった時も、どっちも等しく大切にして、嫌なことや苦しみはかわしたり
時には逃げたりしつつも、自分自身と自分の人生からは逃げずに全部受け入れて
続けていくと、ダメな自分とよい自分がミルフィーユみたいに重なって協力しあって
また明日に向かっていけるんだな、と、何も推敲しなくて書いていたので
訳が分からなくなってしまいましたが、今の偽らざる気持ちです。

ちょっとひと休み(A.K.A.さぼり)

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同僚(単に同僚といういのではなく、会社の中でも自分がチームを組んでいる
相方)が運転中に後ろから追突されてしまい、徐々にむちうちがひどくなって
休みや早退が多くなってしまい。

気の毒にと思いつつ、その分の業務が全部こちらに回ってきていて、
またそういうときに限っていろいろあったりして、
毎日残業休みも取れなかったりという日が続いて半月。

ここんとこは交感神経と副交感神経の切り替えがうまくいかず(多分。ただの
素人判断(笑))、ただでさえ短い睡眠時間の中でうまく寝られず、毎日ひどい
頭痛に悩まされていて、頭痛薬の飲み過ぎで胃腸もやられていて、
しかしそれ以上にこのままだと肉体の前に精神がやばい!
ということで、長い前振りと言い訳でしたが今日は会社を休んで家でグダグダ
しております(笑)
まぁちゃんと昨日のうちに今日やることも残業して片付けたし手配もしてあるし、
そんなずる休みって感じでもないけど、なぜか今日は頭痛も軽かったけど
頭痛がひどくて、って言って休んでるので限りなくさぼりです。

でもまぁさぼりって大事だなぁと。何が一番つらかったって、子供達とは
朝一緒に走りに行ったりご飯食べたり会えてたのでまぁギリセーフだけど、
音楽を聴く時間がなかった。夜遅いとは子供達が寝てるからそもそもスピーカーで
聴けないし、自分も疲れているのでイヤホンでブログ書きながら、ってのも
できなくて、自分の癒し時間がなかったのがつらかった。
なので、今こうして音楽を聴きながらブログ書いていると自分でも驚くくらい
元気が回復してきます(^_^)

昔から定期的にやばいと思ったらさぼってきていまして(!)
そのおかげで繊細な悲観的な性格でも心のバランスを崩さずやってこれたのかな、
なんて思ってます。
(この話しするといつも妻から、いやいや性格めちゃくちゃ楽観的だし
 自分大好きだし、もともとタフで図太いんだよってツッコミがはいるけど
 まぁ無視で(笑))

できて当たり前、は決して当たり前じゃない。

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今の自分の仕事はどちらかといえばディフェンシブといいますか、平穏に過ぎれば
何もなく、ミスをしたりすれば大事になるという仕事で。
つまり怒られることはあっても褒められることはないというか。
先日同僚がミスをした〜とへこんでいた。

世の中のニュースも。何か(悪いことが)起こればニュースになるけど、
今日も無事に電車が運行しました、車が歩行者の横断を待っていました、
そんなことはニュースにならない。

人間関係も家族も子育てもそうかもしれない。
日々の目立たないことはそのまま目立たずに気づかずにすぎて、
何かやらかせば怒ったり怒られたり、口に出さなくてもそのことがその人の
印象として頭に残ったり。

でも。

毎日の繰り返しであっても、いつもやっていることであっても、それをまた
今日も同じようにするのは簡単じゃない。
体が覚えていることでも急に混乱したり、ふとわからなくなったり、
あるいは毎日緊張しながらやっていることだったり。
だから確認する。これでよかったっけと悩む。でも前に進むしかない。
体の感覚を信じる。記憶を信じる。
そんな努力を寸断なくしている結果、何もない1日が完成する。

だから。

ミスはよくないし、叱られたりするのも当然だけど、だからといって
そこだけに注目して相手を、自分を評価しない。
その一回以外の膨大な何もなかった1日の積み重ねに目を向けて、
感謝したい、尊敬したい、頭を下げたい。
そんな何もないことに気づける人間になりたいと思った。

子育ての反省

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f:id:Aozora100:20190602044331j:plainまぁ子育てなんて反省の連続だと思うんですが、そして僕は反省するたびに
日記(気の向いたときい書くメモに毛が生えたようなノート)につけているんですが、
長い間気づかずやっていたことに先日ふと気づき、うわぁあああ、と思い、
これは絶対改めなければと強く思った次第なので、ブログにも書いて、びしっと
自分の中に刻みつけたいと思います。

子供は(というか人は)誰しも得意と苦手があるかと思います。
スポーツとか勉強とかそういうことじゃなくて、日常の中で片付けが得意とか苦手とか
そういう意味で。
で、息子や娘にも得意と苦手があって、それに対して、自分の特性・得意不得意を
把握してうまく対処してほしいという気持ちで、
「そういうの苦手なんだから、それをカバーするように工夫してごらん」
とか
「それはできないんだからこっちでこうやって対処しなさい」
みたいな。具体的なことをここに書いてなくてかつ言い回しも全然違いますが
まぁニュアンスはこういうことを言っていました。

で、はたと気づきました。
まだ子供達は全然幼い年齢。可能性の塊で本人もいろんなことを吸収し
気持ち的にも伸びよう、成長しようとしているとき。
親から見て苦手と思っていても、本人からしたらそんな認識はないかもしれず、
これもまたしっかりしよう、伸びようとしている。
そんなときに、まだまだ子供にとって絶対者となってしまう親から、
「苦手なんだから」「できないんだから」
こんなことを言われたら・・・・

がっかりするかもしれない。
落ち込むかもしれない。
ああ、できないのか、って刷り込まれるかもしれない。
いろんな形に変わり、いろんな大きさに成長し、いろんな変化をしようとしている
ときにまさに鋳型にはめてしまっていた、本人のプライドや尊厳を傷つけていたかも
しれない。

実際そこまで気にしているかもわからないし、全部が全部ダメだったということでも
ないかもしれないけど、でも、やっぱり、本当の意味で残酷なことをしてしまったと
そう気づきました。

やっぱりどこかで、子供を導こう、成長させよう、ちゃんとさせよう、とそんな
気持ちがあったと思います。
そうではなく、子供がもともと持っている生のままのものを傷つけずに大きくなって
いけるように見守り、でも世間でやっていけるような自分の身の守り方は教え、
そして何があってもいつも信じているよ、とちょうどいい距離感で手を添えられ
勇気付けられるように。
そんな親になるように子供達を一人の人間として対等に接していきたいと
改めて強く思いました。

※もしかするとこの文章を読んで批判されていると感じる、特に親の方もいらっしゃる
 かもしれませんが、まったくそんな意図はありません。
 子育てに何が正解なんてわからないしそもそも正解なんてないと思いますし、
 僕はこうありたいと思っているだけでその物差しを人に向けようとは全く思わないし
 感じないので。それこそ、いろんな子育て、いろんな親の方にも対等に尊重して
 接したいと思ってますので。

鉄分補給

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まぁご覧の通りの鉄分です。
でも鉄ちゃんとかではなくて、経年変化した鉄が好きで、地元の公園にSLが置いて
あって中でも自由に遊べて、ご覧の通り息子も娘も僕も大好きな場所です。
平たく言えば、子供の面倒を見てるんじゃなくて単に同じレベルで遊んでいるって
いうことです。
(まぁほぼ全て、子供と遊んでいるときは単に一緒のレベルで遊んでいるだけ
 なんですけど(^_^))