空色のパノラマ

空色のパノラマ

なにげない毎日の中にひっそり佇むささやかで見落とされがちな奇跡を、X100Fとクラシッククロームで綴る日記。

体調不良と友人の個展とコニー・ウィリス。

※撮影:2023年2月。自宅。
 カメラ:X100F。フィルムシミュレーション:クラシッククローム。
 絞り優先モード、WB:晴天R:-3/B:-2、ハイライト:-1、シャドウ:-1、カラー:-1、
 DR:AUTO、NR:-4、シャープネス:−2、グレインエフェクト:弱。

GW直前にひどい風邪をひいたと思ったら、今度はGW中にひどい頭痛になって
しまいました。
弟一家の新築を見に行く計画も僕だけ行けず、吐きまくるは何日も頭痛は収まらない
わ、で、GW明けもちょこちょこ仕事を休んだり、夕飯を食べたら風呂に入るのが
やっとですぐに布団に倒れこんでいました。

そうやって布団に倒れこんでも頭が痛くて寝付けないことが多くて、そういうときに、
まぁ僕の悪癖なんですが、すぐ本を読んじゃうんですよね。
頭めちゃくちゃ痛いのに。逆に頭痛から気を紛らわしたいという。
選んだ本がたまたま借りてあったコニー・ウィリスのブラックアウトとオールクリア。

コニー・ウィリスはSFの女王なんて呼ばれている人ですが、ばりばりSFというよりは、
現実にはない道具や発明を小道具に用いるものの、そこで描かれているのはどちらかと
いうと現実や身近な人そのもの。
ブラックアウト、オールクリアはそれぞれが上下に分かれている計文庫4冊分の
小説ですがこれが本来は一つの話。
本が分かれているというだけで一続きのストーリーとなっています。長い(汗)
おまけに、ウィリスの話はいつでもそうなんですが、最初、というか終盤まで描かれて
いるのは、行き違い、勘違い、早合点、人の話しを聞かない、ドタバタしている、
時間がない、大体わがままな主人公、っていう。
それが延々とオールクリアの上巻、つまり全体の3分の1まで続きます(汗)

で肝心の話の内容はというと、2060年、タイムトラベルが実用化されている世界。
ただし現在から過去に行ってそこから戻ってくることはできても、未来には行けない。
過去の物は現在まで持って帰れない。同じ時代に同時に同じ人間が複数存在する
(同じ過去の瞬間にタイミングを変えて二回タイムトラベルするバックトゥーザ
 フューチャー2状態を行う)ことはNG。
タイムトラベラーは歴史を変えることは不可能で、変えようと思っても必ず打ち消す
ようなことが起きて元に戻ってしまうし、変えられそうなタイミングの日時には
そもそもタイムトラベルしようと思っても行けない、という、歴史は変えられない
ことになっています。

タイムトラベルは大学で歴史研究に使われている、という設定です。
3人の学生が第二次世界大戦のイギリスにタイムトラベルしたものの、なぜか3人とも
元の時代に帰れなくなってしまい(帰るためのゲートが開かない)、
戦時下のイギリスで生き残るために、そして元の時代に帰るために奮闘するという
話です。

途中まではとにかく振り回されている。
その時代の世話焼きおばさんや守銭奴の貸家の管理人や悪ガキ姉弟に振り回されたり、
主人公同士で振り回されたり(主人公同士もよかれと思ってのことだけど隠し事を
したり説明しなかったり。要は相手を信頼しきれてない)
イライラおろおろ、帰れない謎は全然分からないし、コミュニケーションはすれ違い
ばっかりだし、戦争はどんどんひどくなっていって、身近な人の死も増えてきて。
それに加えて、歴史は変えられないはずなのに歴史が変わってしまってきた、
もしかしたらイギリスはドイツに負けてしまうかもしれない、という状況も
あらわれてきて、なぜ?何か取り返しのつかないことをまった?というサスペンスも
加わって、それらが一切解決に向かう気配なくどんどんどんどん行き詰まり、重苦しく、
息苦しくなっていくのがオールクリアの上巻めいっぱいまで続きます。
具合の悪い時に読む本ではないですね(笑)

そしてようやく、ようやく(長かった)、オールクリアの下巻から事態が動き出し、
何もわからなかった状況の種明かしが始まる。ここにきて状況は怒涛のごとく
動き出し、主人公たちはそれぞれの覚悟と行動を起こす。
そして(これもまたコニー・ウィリスの常套で)やな奴と思っていたのが実はすごく
いい奴だった。頑張っていた。悪ガキは涙が出るほど守ってあげたくなるし、
ずっと守ってあげていると思っていた、頼りなくワガママな主人公の一人は、実は
逆にずっと守られていたことが分かったり。今までの行動の意味やなぜ帰れなかった
かも判明する。
そんな展開がタイムトラベル物のプロット・・・ドラえもんとか前に紹介した話だと
ディスコ探偵水曜日とか、実はすべての出来事は(現在から過去へこれから行くことも)
起きていた結果だった、という展開がぱたぱたとパズルのピースが噛み合わさっていく。

そしてやがて見えてくる、やらなければいけないことを引き受ける主人公の一人の
最後の決断。自己犠牲じゃないかと他の主人公から責められる、というかやめてくれ
と懇願されるけど、でも決してそうではなく、自分がやれることをする。
誰の助けにもなれない状態はとてもつらかった。そしてこれからは、人を助けることが
できる喜びと誇りに満ちている、ということが伝わってくる、勇敢で、誉れ高い行為に
感動します。

そんな主人公と同じかそれ以上に誉れ高いのが、それぞれの立場でそれぞれの
分を全うしている、一生懸命生きている、自分のやるべきことをやる、明日を信じて
今を生きる、人を助ける、それらのことは当たり前のことだと理解している、
その他大勢の人々。
どれ一つとっても特別なことじゃなくて、でも当たり前のことを困難な状況でも
当たり前にやる、そのことがそのものが、どんな些細なことであっても一つ一つが
欠けていたらすべては崩れていた、それらが全て繋がったからこそ本来の結果に
なった、ということが分かります。どれ一つとっても次につながる行為であった、と。

・・・・・・

八割がた体調不良が明けたあと、大学時代の友人~学校を卒業して画家を志し、今では
立派な画家となりもうかれこれ20年くらいは毎年個展を開いている友人~の個展を、
大学卒業以来だから30年近くぶりに初めて見に行ってきました。

そこには奇をてらわずに、油で丁寧に描かれた美しい風景画が沢山並んでいました。
一枚一枚がとても美しい。
そしてずっとずっと初志貫徹し、絵を描き続けたこと、描き続けていること。
多分いろいろな困難があっただろうし、心が折れそうなときもたくさんあったはずだけど、
それを乗り越え続け、今、目の前でにこやかに笑っている彼女からは、小説に出てくる、
自分の分を尽くす人たちのような強さと豊かさを感じたのでした。