空色のパノラマ

空色のパノラマ

なにげない毎日の中にひっそり佇むささやかで見落とされがちな奇跡を、手紙を綴るように。

よい景色に遭遇するとよい写真が撮れる。

※撮影:2022年9月。近所、諏訪湖。

めっちゃ当たり前のタイトルですが。
うまい人・・・うまい人っていう表現はここでは適切じゃないんですが、そうだな、
いい写真を撮れる人、はきっと、同じような景色を見ても、そこに存在する美しさに
気付いたり、あるいはその美しさを引き出すアイデアや想像力、感性を持っている。
だから、誰にとっても、よい景色に遭遇すればよい写真が撮れる、っていうのは真実だと
しても、そのよい景色の幅が広い、たくさんの景色をよい景色として捉えることができる、っていう気がします。

翻って自分の場合、よい景色の幅が狭い。
自分の場合は、よい景色に遭遇できればよい写真が撮れる、というのは完全に、
それは運。以上です。みたいな。

ただよくしたもので、毎日毎日、同じ場所を同じようにうろうろしていても、そのときどき
光だったり人物だったりその他、何かしらの変化が訪れていて、同じ場所を繰り返し
自分が訪れていると、そういった変化に遭遇する確率も高くなって、結果、よい景色に
遭遇できるようになります。

ということで、またもや得意の自画自賛ですが(笑)、今回の写真は、光の加減や釣りを
している少年、そして天気、かすみ具合、諏訪湖の具合とか、実によい景色に遭遇できた
なぁと振り返って思いました。

前にも書いたんですが、自分の場合、ある光景の魅力を捉えるのに非常にたくさんの
試行錯誤が必要で、たくさんの失敗が必要で、そしてその上、そういったよい景色に
遭遇する必要があるんですが、何せ毎日毎日訪れている場所で写真をたくさん撮っている
ので、失敗が多いこともすぐに景色の魅力を捉えることもできずに時間(回数)を
かけなければいけないことも全く問題ないなぁとしみじみ思うわけです。