空色のパノラマ

空色のパノラマ

なにげない毎日の中にひっそり佇むささやかで見落とされがちな奇跡を、X100Fとクラシッククロームで綴る日記。

普通のことなんてない。普通の人なんていない。

※撮影:2022年9月。自宅の庭、近所、職場の窓から、諏訪湖。

普通のことなんてない。普通の人なんていない。
そんなとても大切なことでさえつい忘れてしまう。

先日、会社の朝礼で先輩社員が一言挨拶をしたのですが・・・わが社はこの古臭い、
朝礼、という文化があり、そこで毎日一人ずつ、自分のプライベートなことを話す
という習慣があります。
今どき朝礼?って意見が社内でもほとんどなんですが、僕は内心、仕事をしている
だけでは伺えない他の人のプライベートを知れるので結構好きだったりします。

で、そのときの挨拶で、60歳過ぎた先輩社員が、自分は若い頃は俳優を目指していて~
と、その出だしでええ!?と衝撃を受けた訳です。
そして続けて、バンドでリードボーカルをしていて~と、またえええ!!?と。

うちの会社はまぁ客観的にはよくある、市町村行政で使用するシステムのサポートを
行う会社で、朝礼で分かるように割と旧態依然、一昔前の映画に出てくるような日本の
会社、って感じで、社員も全体にだいぶおじさん、自分(48歳)が若い方の部類という
高齢化も進んできた会社だったりします。
そんな中で、先輩のその話しが衝撃的で、これは油断したところをガツンとやられ
ました(何に対して油断してて、何にやられたんだ、って話しですが(笑))

人は見かけによらない、っていうか、普通の会社員、みたいな大雑把なくくりの中の
一人一人にいろんな経験と、知識と、趣味趣向と、考えと、人間性と、そういった
沢山のものがあるっていうか。
それは、今回は俳優!っていう分かりやすい衝撃からのきっかけでしたが、でもそう
いった分かりやすさではなく、そもそも一人一人にそういった、要約したらこぼれ
落ちてしまう、たくさんのものが存在している、っていう、普通、なんてもの、ことは
そんなものはないんだ、ってことをまざまざと思い返す、思い直すきっかけになったと
思います。
そりゃそうだよなーっていう。

だから、自分は身の回りの「普通」の光景を、そこに魅力を感じて撮り続けている訳
だし、自分の「普通」の写真が大好きです、って誇りをもって言えている訳だし、
「普通」の自分自身も価値があるって思えている。
注目されなくたって、脚光を浴びなくなって、分かりやすい特別がなくなって、
そこに価値がないわけじゃない。そんなことで価値は測れない。
人と違うから価値があるのではない。その人のそのものだから価値がある。
人と同じだって違ったっていい。目立ったって目立たなくたって、派手だって、
器用でも不器用でも、どっちだっていい。本人がちゃんとそれが自分だって
思えていればそれでいい。
やっぱり普通なんてないんだ。
そんな風に改めて感じることができました。