空色のパノラマ

空色のパノラマ

なにげない毎日の中にひっそり佇むささやかで見落とされがちな奇跡を、手紙を綴るように。

自分の写真が、自分の理想とする写真に一歩近づきました。

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撮影:2021年11月。諏訪湖、自宅の庭。

自分には理想とする写真があります。
写真家 砺波周平さんの写真です。

tonami-p.jugem.jp

いいなぁ、とか、感動したり、刺激を受ける写真はもちろん他にもたくさんあって、
真似したり、とか、影響はいっぱい他の方の写真からも受けています。
ただ、自分の中での目標、理想というのは、自分がデジカメを始めたときからずっと
一貫して砺波さんの写真です。

以前の仕事の関係で少しだけ実際の砺波さんを知っている、ということも多分理由の
ひとつなんですが、砺波さんの写真の写すもの、写されたものには、暮らし、人、
営み、時間、空気、命、気配、そういったたくさんものがあって、でもそれは決して
主張せず、静かに、一見するとさらっと、さりげなく、でもとても豊かにそこに
存在していると感じています。
いつかそんな写真が撮れたらな、と思いながら、でもどうしたらそうなるかさっぱり
分からないままずーっとやってきて、お、少し構図が近づいたな、とか、お、色味が
ちょっと近い?、とか、少し柔らかくなったな、とか、日々思いながら写真を撮っていて、
でもまだまだ、全然遠くの山を見るように途方に暮れることばかりでした。

それが最近、あれ?少し砺波さんの写真がまとっている気配がほんの少しだけど
感じられる気がする、って思うようになってきました。
(はい注目!思うだけならだれでも自由ですから!!←これ大事。客観的な事実よりも
 自分の思いが優先されております(笑))

そんな風に思えるようになったのは、ちょっと前に書いた、自分のかつて作り出した
「こうあるべき」から脱したい、いいものも悪いものも自分自身そのものを受け入れ、
そしてそれをありのままの自分をさらけだして生きていきたい、ということを思って、
そのようになろうと思いながら日々を過ごしてきたことがとても影響していると
思っています。
多分以前よりも、自分自身が感じるいいな、っていうものに寄り添って写真を撮っているし、
きっとそのいいな、もより柔らかくなってきているし、いい写真を撮ろう!!っていう
力みが減ってきている気がするし、そして自分の写真を見返すとき、逆説的ですが、
理想とする写真との比較、それを判断基準にするんじゃなくて、あるいは一般的な
いい写真っていう実はあるのかないのか分からないものを基準にするのではなく、
今、自分が撮りたいものが撮れているか写っているかで見返せて、その結果、
前よりも自分の写真が好きになってきている、そんな風に感じます。

目標は変わらないし、目標の写真像はあるけど、でもそれと今の自分の写真を比較する
のではなくて、昨日の自分と比べて今日の自分はどうか、そのときに他人の物差しという
ものを自分の心の中で勝手に捏造してそれで評価するのではなく、自分の物差しで評価
できるようになったと感じています。

今年の冒頭、密かに、今年は写真コンテストに出せたらいいなとおもい、でも人から
評価されることにおびえ、それでも自分で自信が持てる写真が撮れたら出そうと
決意し、そして他の人からの評価(反応自体があるなしも含めて)は大事にするけど
でもそれでおしまいで、参考程度で、自分が自分の写真を好き、というところがゆるが
なくなって、楽な気持ちで写真コンテストに応募する、っていうところに年内にたどり着け
たことが、今年の目標が達成できてよかったです。