空色のパノラマ

空色のパノラマ

なにげない毎日の中にひっそり佇むささやかで見落とされがちな奇跡を、X100Fとクラシッククロームで綴る日記。

諏訪湖のある街。

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※撮影:2020年11月 〜 12月。諏訪湖。


諏訪湖。何の変哲もなく諏訪湖です。
今でこそこんなにたくさん諏訪湖を撮っていますが、それってここ数年のことで、
それまでは実は全然興味ありませんでした、諏訪湖。

子供の頃から諏訪湖のほとりに住んでいましたが、僕の子供の頃は護岸はがちがちに
コンクリで固めた防波堤で、その頃は日本で確かワースト1くらいに汚い湖だったと
思います。
親世代は、昔は諏訪湖で泳げただの、冬はスケートしていただの、すごく昔は
良かった的な話をします。

そんな感じで、身近にはあったのですが、ただそこにある(汚い)湖、という認識以上
はありませんでした。

大学卒業と同時に田舎から逃げるように上京して10年、結婚した妻の体調のことがあり
空気のきれいな地方に住むことを余儀なくされ、生まれた街に戻ってきました。
しかし、町中にある自分の実家ではなく、もっと山間の集落に住み、また、その頃は
日本の木で家を建てる工務店に務めていて、なんとなくお客さんも各地域の自然豊かな
場所に家を建てる人が多かったため、自分の実家の周りは町場過ぎて好きではなかった
です。

その後、自分も家を建てることになり、土地を買って家を建てるという選択肢は金額的
に無理だったため、実家の土地に建てました。
正直その頃は、もっとお金があればな~自然の中に家を建てたのにな~と感じていて。

そして・・・

毎朝、息子とのランニングや散歩などで諏訪湖に通い、写真を撮ってるうちに、
自分でもかっこいい写真が撮れたりすると、諏訪湖、なんかいいね、という気持ちが
湧いて気ました。
護岸も当時に比べると自然の状態に変わっていたし、水質もあの頃に比べると
少しずつではありますがきれいになってきていて。
何より、朝早く、とか、夕方、とか、諏訪湖が光り輝く瞬間を毎日のように
見るようになって、諏訪湖の美しさに気付き、目覚め、そして、諏訪湖がそこにある、
っていうことをすごく幸せに感じるようになってきました。

今。

自分の住むこの町は、過疎化して、でもその割に畑や田んぼをつぶして家が建ち並び、
お店は閉店し、一見で分かる美しさもなく。
でも、そこに住んで、毎日を過ごしていると気づく美しさがあります。

自分自身、家を建てるために庭の木をたくさん切り、田んぼを結果としては
つぶしてしまった。
町の市道で庭を流れるせせらぎもコンクリートで固めてしまった。
でも、今でもそのせせらぎにサワガニが生きていたことを発見して、自然の逞しさ、
命のありがたさを感じて、取り返しがつかないことをしてしまったとどこかで感じて
いる罪悪感が少し薄れました。
まだ可能性がある。
だから庭に木を植えています。
水場も少しずつ整備しています。

いつか、うちの敷地に自然を取り戻し、生き物が返ってきて、そしてそれを見た近所の
人がいいなと思ってくれてその人も自分の庭に木を植えたり、そうしてくことで街に
自然がもどったらいいな、そんな夢を密かに抱いています。
いつかまた町中のどこかで田んぼをやろう、とか。

そんな愛憎入り混じった気持ちをすべてひっくるめて、今はこの街が好きです。
諏訪湖は自分が自分の住む街を好きになるきっかけだったな、と改めてしみじみ感じした。