空色のパノラマ

空色のパノラマ

なにげない毎日の中にひっそり佇む、ささやかで、見落とされがちな奇跡たちを、手紙を綴るように写真に残せたら。

紆余曲折の果てに自分らしさを思い出す日々

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※撮影:2020年7月〜8月。自宅、近所、通勤途中。

毎回毎回、同じようなことを書いているなぁと我ながら思います。
毎回同じことを繰り返し、そして毎回同じ気づきを得ているから、なんですが・・・
(進歩してない?(笑))

自分らしさ、ということをイメージしているのは自分にとってのカメラや生き方、
その他あらゆることを指しています。
自分らしさ、自分の個性、特徴、というものは必ずあると思います。
誰にだってある。
ただ、(僕の場合は、かもしれませんが)それって必ずしも自分で意図したもの
ではなくて、別の言い方をすれば自分でコントロールできるようなものでもなくて、
何をしてもどんな風にしてもぬぐえない、もしくは自分からにじみ出てくる体臭の
ようなものだと思っています。

カメラ、写真の僕の特徴は・・・なんだろう、アンダー気味の露出とか、あと
好きなシチュエーションは光と影、シルエット、逆光、そんな感じかなぁ。
ただ、これもそういうものを撮ろうと思って撮っている訳でもなく、
毎日カメラを持ち歩く中でいいと思うときに、そのいいと思った様子をより
写そうとカメラをいじって撮影した結果、そういうシチュエーションが多かったり
露出が暗めになっていたりという、あくまで結果です。

あくまで結果であって、まずいい!と思うのが先ですし、また、もっと自分の
気持ちを写したい、とか、もっとその場の空気を伝えたい、とか思っているので、
ま、好きなシチュエーションががらっと大きく変わることはなくても、その撮り方は、
これでいいのかな~とか思っているので、気持ちの波で、撮れた結果に対して
イマイチって気持ちが強くなると、すごく迷う気持ちが強くなります。

迷いだすと、写真の本を読んだり、他の人の写真を見るときにすごく分析的に
なったりします。
既存の構図にあてはめたり、絞りを被写体に合わせて変えたり、
ホワイトバランスを微調整したり、という、普通は当たり前な、でも普段の
自分は全くやってない撮り方を試したりします。
他の方の写真をまねて見たりします。

そうやって試行錯誤して、いろいろやってみた結果、毎回たどり着くのは
同じ結論で、やっぱり自分の撮りたい物を自分の撮りたいように撮るのが一番だな、
というところに戻ります。

じゃあ試行錯誤は意味がなかったのかというとそういうことではなく、やっぱり
そうすることで得られるものはたくさんあるし、何より、他の撮り方、従来の
自分から離れることで、改めて、自分の撮りたい物、自分の撮りたい様子、
自分らしさ、というものを自覚することができます。

結局、試行錯誤の前と後で撮り方は同じ、撮られる写真も大して変わらないんですが、
でもその中に自分としては大きな進歩と手ごたえを感じています。
自分をとらえた!という。
プラス、そこに新しい視点や構図、アイデアも加わるという。
そうするとまた写真を撮ること自体に喜びを見出し、目にするあらゆるものを
撮りたくなってくる。

で、しばらくすると、そういう実感が薄れてきて、また迷いが始まり、そして
同じこと、迷いを繰り返します。
大きな視点で見れば、ぐるぐるぐるぐる同じことを繰り返しているなぁ~って
感じなんですが、そんな中に、ほんの少しかもしれないですが、前進していると
思っていますし、前進していてほしいという願いもあったりします

もしかしたら他の方はこんな風に迷うことは特別なことでもなんでもなく、
日々試行錯誤と確信を繰り返しているかもしれないですし、
あるいは自分というものがしっかりしていて迷うことがないかもしれない
ですが、(精神的に)怠惰で怠け者な自分は、こんな風にしてやらないと
ちっとも新しいことをしないし、そうやって迷わせてやらないと自分というものを
かみしめることもできないから、っていう何か大きな存在からの親心かもしれないなぁ、とか。

迷うことはしんどいですが、でも、そうやって迷いと確信を繰り返すことで、
自分らしさと共にカメラの楽しさってものをそのたび思い出していて、
常に新鮮な気持ちでいられるので、それはそれでよかったのかな、なんて思います。