空色のパノラマ

空色のパノラマ

なにげない毎日の中にひっそり佇むささやかで見落とされがちな奇跡を、X100Fとクラシッククロームで綴る日記。

薪割りのコツ。繰り返しが生み出す自然体。

f:id:Aozora100:20200321213231j:plain

f:id:Aozora100:20200321213237j:plain

f:id:Aozora100:20200321213257j:plain

f:id:Aozora100:20200321213305j:plain

f:id:Aozora100:20200322204138j:plain

f:id:Aozora100:20200321213318j:plain

我が家は薪ストーブを使っています。

薪ストーブは大変温かくてよいのですが、燃料は当然、薪。

薪を準備しなければいけません。

お金を出せば割ってあってしっかり乾燥されていてすぐにも使えるものが販売されて

いますが、1シーズンで平気で10万円を超えてくるのでそんなのとても無理無理。

となると、自分で調達するしかないわけで、丸太を仕入れてチェーンソーで切って

斧で割って、ということをしています。

 

薪割りを経験したことあるって人は少ないと思いますが、イメージで、斧を使い

力で割っているように見えますが、実は全然違います。

重い斧を振り上げる上半身、それを支える下半身の力は必須ですが、大切な

ポイントはまっすぐ振り上げてまっすぐ振り下ろすこと。

振り下ろすときに斧の重さをまっすぐ木に落とせるか、で決まります。

それは、姿勢だったり体幹だったり呼吸だったり、実は心持ちがポイント。

 

僕の場合、薪割りは大体12月~3月に次のシーズン用の分を割って、

そこからじっくり乾燥させて使います。

で、12月の割り始めは久しぶりにやることになるんですが、これがまぁ

ほんとダメダメなんですよね。

 

まっすぐ斧を木に入れるっていう感覚がすっかり飛んでしまっていて、

斧の持ち方、位置、足の位置、タイミング、振り上げ方、ひざの曲げ方、腰の落とし方、

なんてことをいろいろ気にしながら振りますが、全体にイマイチで、

その日の作業が終わると背中や腰がめちゃくちゃ痛み、いやな疲れ方をします。

これって結局うまく割れないからすごく力が入ってるんですよね。

 

しかし、そんな状態でも何日か続けていると、ある日突然、ほんとに突然、

すぱんすぱんと気持ちよく割れる日が訪れます。

体が感覚を思い出す。

そうすると面白いように割れていきます。

とはいえ、決して楽ではないし、木も人や地区からいただいて持ってくる

雑木なので、節だらけ、筋もまっすぐでない手ごわい木が多く、そう簡単に

一筋縄ではいきませんが、それでも、自然に体が正しい姿勢になり、自然に動き、

木~斧~腕~体の芯にまっすぐ一本の線が通り、振り下ろせば吸い込まれていくような

そんな感じになってきます。

このときって最初気にしてた持ち方だなんだってことが全く頭からなくなっていて、

ただただ振る、振り続ける、そこにリズムも生まれ、ただただ没頭し、

薪割り自体が気持ちよくなってきて、その日の作業時間の終わりになっても

もう一本、あと一本、とついつい続けてしまい、終わった後も、

体の痛みも心地よい痛み、疲れも気持ちいい疲れになります。

 

最近こんなことばかり思うんですが、なんとなくこれって、すべての事に

言えるような気がします。

うまくやろうと思って意識しているときってなかなかうまくいかないんですが、

そこでふて腐らず、嫌にならず、あきらめずに続けていると、やがて無心の

境地が訪れて、体にリズムが生まれ、心も雑事から解放されて、自然と

いい動き、いい方向に導かれていく。

それが、行動にも、運動にも、仕事にも、日常にも、生活にも、

人間関係にも、その他あらゆることすべてに言えるのではないかな、と。

(そしてもちろんカメラにも!!)

 

だから、えーっと、何が言いたかったかというと、調子がいいときにはその調子に

身も心も委ね、調子が悪いときもあきらめずにみっともなくてもやり続ければ

きっとまた体と心が勘を取り戻してくれるから、楽しいときは楽しく、

楽しく思えないときもめげずに楽しもう、まぁそんな感じなことを思ったのでした。