空色のパノラマ

空色のパノラマ

なにげない毎日の中にひっそり佇むささやかで見落とされがちな奇跡を、手紙を綴るように。

写真で自分の気持ちを残せるのが嬉しい。カメラに出会えてよかった。

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いただいたコメントから気づいたこと。
毎日毎日似たような写真を撮ってるけど、自分にとってはどれもが大事な、
そのときに感じた気持ちの記録だと思っている。
気持ちが動いたき、絵が描ける人は絵を描いて、話が上手な人は言葉で、
何かしら自分の中から湧き上がった気持ちを人に伝えたい、という衝動は
誰しもあるんじゃないかな、と思う。

でも、自分の気持ちって難しい。他人の気持ちを慮る時は、本人じゃないから
ある意味ではとても乱暴なやり方で推測し、ある角度から切り取って
(正確かどうかは別にして)言葉にできるけど、
自分の気持ちは何せ自分のことなので、なかなかしっくりくる言葉で
伝えられない、自分の場合。(こういう感じなんだけどでもこの言葉にすると
なんか違うんだよな〜とか)
おしゃべりのくせに、感想を表す言葉となると、「すげー」「きれい」
「なんかいい感じ」ぐらいしか語彙がなく、例えば自分はすごく音楽が好きで、
人にお勧めしたいCDもいっぱいあるけど、それを言葉で伝えられなくて、
すげーいいから聴いてみて、ぐらいしかいえない。

実はこう見えて(ネット越しの人にはどうも見えてないけど)、昔美術を
勉強していたことがあるので絵の基本的な描き方は知ってるんだけど、
それ故に自分の絵も批評的に見てしまって絵を描いても楽しく見られない。
(単に稚拙なんだけど)
たとえば人の顔を描く時、目は目、鼻は鼻、という記号から逃れられない。
(形や質感、そこにある存在それ自体として捉えることができない)

で。
毎日いろんな光景に割と感動している自分としては人に伝えたいことも
いっぱいあるんだけど、そんなわけでちっとも伝えられないでいたんだけど、
カメラを手にしてからは、実際問題人に伝わってるかどうかは全く別として!!
少なくとも自分としては自分の気持ちを残し、発信できている、という自己満足が
ある。
これってすごく幸せなことで嬉しいことだな〜って思う。
(もっと技術があれば人に伝わる、ってところまでいくんだけど、
 そこを考え出すと自己批判や修行の場になっちゃうからそれは考えない。
 自分で発信できました。以上。でいいと思ってます)